以下は,1996年電子情報通信学会ソサイエティ大会「超流通シンポジウム」において 発表された論文である.
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超流通:最近のトピック
(Superdistribution: Recent Topics)

森 亮一
(Ryoichi MORI)

1.はじめに

前回のシンポジウム[1]から後の超流通に関する主要な展開を報告したい。

主な変化は、超流通が夢想ではなく、Global Information Infrastructure を 可能にするために不可欠な、新しく現実的なパラダイムであるとの見方が強ま り、時間とともに評価が高まって来たことである。

未来型のコンピュータ社会におけるディジタル情報の権利管理について考えて みるとき、既存の適切な基盤技術がない。従って課金と防御のために新しい統 合的視点を持つ技術が必要である。このことが次第に認識されてきた。超流通 がそれにあたることは、13年前の発明[2]( 以来の筆者の主張であった。初期 には、超流通の手法は革命的であり、「そこまで行かずになんとかなるのでは ないか」、「そこまで行かずになんとかすることが賢明ではないか」という、 論理的な判断というよりは、有体財の流通になじんできた大部分の人々の、 「妥協が最適」とする、ならい性となった判断が広く存在して、障壁となって いた。この様な障壁の消失が明確になったことが最近の2年間の特徴であると言 えよう。いくつかの事例を紹介する。

2.最近2年間の動向

2.1 米国 WIRED 誌の予測

米国 WIRED 誌は1995年6月号[4]で ``The Future of Software''と題して次の5つ の新しいパラダイムについてreality checkを行った。Provably Correct Application, Software Superdistribution, Interoperable Objects, Offshore Programming, Evolved Applicationの5つである。Microsoftや Novell の manager 等を含む6人の専門家が推定をのべた。6人の予想をまと めた同誌の結論は、5つのパラダイムの内、Provably Correct Application と Offshore Programming との2つは見込みがなく、他の3つの実現時期は、そ れぞれ順に2005年、2019年、2020年であろうとしている。すなわち、ここ10年 以内の実現が予想されたパラダイムは超流通ただ1つであった。そして本文で は、「専門家の大多数は、この10年以内に、超流通を実現するためのハードウ ェアがパソコンの標準になるであろうと考えている」と述べている。

2.2 富士通、米国IBMが超流通を市場化

富士通と米国IBMは昨年11月頃から超流通について公表し始めた。それぞれ、 「... 来年以降順次、『超流通』ビジネスを活発に展開し今後飛躍的に増大し つつある電子情報作品の利用者の方、クリエーター、コレクター、エディター の皆様の、利便と経済性を支援してまいります。」[5]と、また ``..., IBM infoMarket service will enable superdistribution. Superdistribution is a new model for electronic commerce... through many electronic mechanisms(such as LANs, WANs, ...''[6]と述べている。そ こで挙げた共同事業者リストには29社があり、Eastman Kodak, Netscape Communications Corp., Yahoo! 等が含まれている。

両社とも森の名をあげて、我々と同じ目標を目指していることを示している。 すなわち、超流通を1つの製品ではなく、年月をかけて構築してゆくべきディ ジタル情報流通のための技術基盤と認識している。このことは、それぞれの、 「この『Media Shuttle』は、当社が今後本格的に展開を考えている、電子情報 作品の『超流通』ビジネスの第一弾であり、ネットワーク通信、電子情報作品 のクリエータ、コレクター、エディター、その他多くの ....」および ``Long a dream of the copyright industries, these technologies will be deployed by major companies over the next five years. Beta tests and then full production deployment will begin in 1996. '' という記述に示さ れている[7]。

3.その他の動向

超流通の発足から数年して、かなりの数の企業が超流通について興味を示し た。以下の3つに大別できる。第一は、超流通の市場化を始めた企業である。

第二は当面超流通事業を起こさないとした企業である。何階層かの稟議の過程 で、一個所でも二番手指向があれば、そこで止まることが多くの企業で見られ た。この状況は今後2〜3年の間に変わるかもしれない。二番手思考は結局「バ スがでるまで待ってから乗ろう」ということであり、バスがでようとしている ことは昨年来明らかになってきたからである。

第三は「定額制のディジタル情報供給」である。任天堂、野村総研、 Microsoft による「セントギガ」などがこれにあたる。この様な動きは現在の 時点で極めて自然である。他にも類似した多くの動きが生まれるであろう。

有体財の流通でも似た現象があるので、その例をあげることが説明の役に立 つ。デパートにゆくと、休憩所の水や紙などは無料である。現在のインターネ ットの情報の多くも無料である。違う点は、休憩所での無料のサービスは、し ようと思えば有料にできる。人類が何千年か前に発明して、今も便利に使って いる有体財のための超流通すなわち「貨幣経済」によって、自然に便利に課金 できるからである。一方、インターネット上でのディジタル情報のほとんどが 無料であるのは、有体物が無料である場合とは異なって、自由な選択の結果で はない。そこでは、代金が得られるものならばそうしたい場合が多くあるけれ ども、ディジタル情報のための超流通が社会の基盤技術として確立していない 状況では、課金するためのさまざまな投資と課金を確実にするための防御機能 とが情報の売手と買手に与える不都合があまりに大きく、そのため、課金され るべき多くのディジタル情報の提供が断念されているからである。この状況 は、普遍的に存在しているので、人々の多くは始めからそういうものであると 考えており、断念しているという意識がないことが多い。

有体財の流通にも定額制の例がある。食べ放題などがそうである。ある定額料 金で複数の商品を提供して、どれでも好きなものを選ぶやり方は、たとえばウ エーターに支払う費用が節約できる等の利点がある。ディジタル情報の場合に も同様な利点がある。食べ放題のレストランが、料理毎に値段のついているレ ストランと競合することがあるように、定額制のディジタル情報供給も超流通 によるディジタル情報供給と競合する。そこで、このようなサービスが社会に 生まれる度に、超流通の必要性について、疑問を持つ人が有り得る。すなわ ち、定額制で供給すればよいのではないか、超流通ほど面倒なことをしなくて も十分ではないかという疑問である。

このような疑問は、将来のネットワーク社会におけるディジタル情報の価値が どれほど大きくなるかについての認識が不十分であるときに生まれる。現実に すでに存在しているもの以外は、その重要性を生理的に理解できない人々がい るのである。以下の説明は理解の助けになるであろう。

社会のどこでも、デパートでも商店でもよいが、無料でまたは1000円あるいは 10万円の定額料金で、そしてそれだけであらゆる経済活動が行なわれる社会を 想定して見よう。「大部分」の経済活動が、ではない。「あらゆる」経済活動 が、である。それがどれほど制限された、自由も発展性もないものになるかは 容易に想像できる。無論、制限の範囲内でできることは多くある。しかし経済 の根本は、「多様な製品があり」、「自由に価格を設定できる」ことである。 超流通は、社会の経済発展のために不可欠なこの基盤を提供するのであって、 超流通よりも素朴なさまざまな様式の存在は、有用で歓迎されるものではある が、超流通を不必要にするものではない。あなたの自動車や住宅が定額制でし か入手できないような社会を考えてみれば、競争や活気や快適さがどの様にな るかすぐに想像できるであろう。

References

1
電子情報通信学会情報セキュリティ研究会「特集:超流通および関連する応用分野」 1994年9月21日

2
森亮一 : ``ソフトウェア・サービス・システムについて'', JECCジャーナル,No.3,pp.16-26 (1993)

3
http://sda.k.tsukuba-tech.ac.jp/SdA/

4
http://www.hotwired.com/wired/3.06/departments/reality.check.html

5
http://www.fujitsu.co.jp/hypertext/news/1995/Nov/24.html

6
http://www.infomkt.ibm.com/ht3/rights.htm

7
http://www.infomkt.ibm.com/ht3/superdis.htm

1996年10月07日 (月) 15時46分35秒 JST