(C) Copyright All Right Reserved 1994,1995 by Ryoichi MORI and Masaji KAWAHARA

歴史的必然としての超流通

森 亮一, 河原正治


あらまし

1983年に超流通が森によって発明されてから今日に至るまでの研究の概要を示す。 また,ディジタル情報の円滑な流通を実現し, ソフトウェアの量産と部品化・再利用を促進するためには 超流通の実現が不可欠であることを解説する。 物々交換および貨幣経済への移行が人類にとって 必然だったのと同じ意味で,超流通社会が必然であることを示す。

本論文は,情報処理学会「超編集・超流通・超管理のアーキテクチャ シンポジウム (2/17-18/95)」で発表された論文に加筆・修正したものである。 同シンポジウム発表論文は, 平成6年度情報処理学会山下記念研究賞を授賞した。

もくじ

1.      超流通
1.1     超流通とは?
1.2     超流通と「超流通ラベル」
2.      超流通の歴史
2.1     超流通の誕生
2.2     超流通の進化
3.      超流通はなぜこれまで実現されなかったのか
3.1     マイコン革命とソフトウェア
3.2     ソフトウェア研究技術者が目指すもの
4.      歴史的必然としての超流通
4.1     物々交換から貨幣経済へ 
4.2     産業製品としてのディジタル情報
4.3     ソフトウェア量産革命に向かって

1. 超流通

1.1 超流通とは?

超流通とは,ディジタル情報の円滑な流通を実現することにより, これまで不可能と思われていた「ソフトウェアの量産」を 可能にするための基盤技術である。 ディジタル情報を「所有する」のではなく, 利用するたびに使用記録が管理され, それを回収することによって料金を徴収し収入を再分配するシステムである。

未来指向のディジタル情報の流通・供給システムは, 次のような性質を満たすべきである。 すなわち,


図1 : 超流通システムの全体図の一例

ディジタル情報の流通・供給システムとしての「超流通」を以 下のように定義する。

超流通とは,次のような性質を満たすものである。

  1. 情報利用者は,ディジタル情報をほとんどまたは全く無料 (媒体,手数料程度)で 入手することができ,情報提供者 (メーカまたは個人)が指 定した条件(次項)の下でいつでも利用できる。
  2. 情報提供者は,その情報の利用を許可する 条件(通常は料金の支払い)を指定できる。
  3. 情報提供者が指定する以外の改変は防止される。
  4. 以上の各項のために面倒な手数を必要としない。

情報化・サービス化に適した経済学の再構築を目指す試みが いくつかなされているが, 情報の価格体系については社会的に明確な回答がなされていないのが実情である。 しかし,上記のようなシステムが実現すれば,

が明確な基準によって行なわれることになり, 情報の経済的価値を体系づける可能性が生まれる。 このことは,情報提供者の権利と, 情報利用者の便利さが保証されることによって, 健全な「情報市場」が成立することを意味している。

コンピュータプログラムの不正コピーや ディジタル・オーディオの流通の混乱は, ソフトウェア産業の発展のみでなく, ハードウェア産業の可能な発展をも阻害していることに留意するべきである。 これまで,情報提供者の権利の保護と情報利用者の 便利さとを両立させるような基本メカニズムが欠如していたので, 複製技術の発達のたびに法の不備が顕在化し, 法の精神が有効かつ統一的にあらわれていない状況が 長く続いてきた。

超流通システムとディジタル情報時代に対応した法律とを整備することによって, 健全な情報化社会が保証される。 マルチメディアを含むディジタル情報に対応した法律の あり方については,様々な議論が繰り返されているが, このことについては別の論文で述べる。

超流通システムは次の機能を提供する。

  1. 情報提供者は,任意の経路(放送,CD-ROM,ネットワーク など)を用いて,大量かつ安全に情報を提供することができる。
  2. 情報利用者は,任意の経路(放送,CD-ROM,ネットワーク, 友人からのコピーなど)を用いて, 大量かつ安全に情報を入手し利用することができる。
  3. 情報提供者の権利と利用者の便利さとは保証される。

このようなシステムでは, 価値のある情報を生産・加工したものは誰でも,安価な 流通コストにより,大量に情報を提供することができる。 また,このようにして提供される世界中のあらゆる情報を 迅速かつ容易に利用できるようになる。 このように,従来の有体物では不可能であった自由な流通形態, すなわち「超供給」と「超需要」とを併せた「超市場」の実現の可能性が生まれる。

超流通システムの一例を図1に示す。 ユーザは,計算機にSUM(Software Usage Monitor)を取り付け, プログラムが実行されると,SUMはプログラムに電子的に 添付された使用条件をもとに使用記録を作成・管理する。 ユーザはあらかじめ設定された条件にしたがって使用記録を 転送することによって課金される。 コンピュータプログラムだけではなく,すべてのディジタル情報について 同様のメカニズムで課金することが可能である。

「超流通アーキテクチャ(Superdistribution Architecture)」とは, 超流通を実装するための論理的な仕様を規定したものである。 したがって,「電子的な使用条件」をどのように実装するか, また,「電子的な使用記録」の回収・処理を行なうためのメカニズムを どうするかが,超流通アーキテクチャの主要な部分である。

1.2 超流通と「超流通ラベル」

超流通を機能でなく構成要素の面からみると, 次のような定義も可能である。

超流通とは,

  1. 電子的に添付された使用条件
  2. 電子的に回収・処理される使用記録
を概念的な構成要素とするものである。

この電子的に添付された使用条件を「超流通ラベル」と呼ぶことにする。 超流通ラベルが持つべき性質のいくつかを以下に列挙する。


図2 : 3次元ICによる保護容器の一例

貨幣経済の進歩した社会においては, 商品としての有体物は,この超流通ラベルに相当するものを 最初から持っていると考えることができる。 この性質は,我々が生存するためのもっとも根本的な前提のひとつとなっている。 自動車のように見えるものが実は何か別のものであったり, 清涼飲料水であるはずのものが実は劇薬であるなどという社会を想像して見れば, 超流通ラベルの重要性と必要な諸性質は明らかである。 ディジタル情報が重要なこれからの社会では, このような超流通ラベルがディジタル情報そのものに添付されていることが 不可欠なのである。

ここで,この性質が統計的なものであることを指摘することが公平であろう。 例えば,ある種のガスは空気と区別がつきにくい。この場合は ガスに匂いをつける。また,偽物の宝石は確かに存在するが, 偽って販売することは法律で厳しく罰せられる。 「超流通ラベル」の正しさを保証するための様々な制度が我々の社会の基盤なのである。

2. 超流通の歴史

2.1 超流通の誕生

1983年に当時筑波大学の森亮一が「超流通」を発明した。 当時の名前はソフトウェア・サービス・システム (SSS)」であった。 これは,Water Service System (水道) にならったものである。 その当時は, ディジタル情報流通のための電子技術の必要性についての一般の認識は低かったので, 革命的な印象を与える「超流通」という 名称より穏当であったかも知れない。

ソフトウェア・サービス・システムの満たすべき条件として, 以下の9項目があげられた[A-18]

  1. 充分な保護性能を持つ。
  2. 利用者が,ソフトウェアを複製することは自由であり, それをファイルシステム,ネットワークノードなどの任意の場 所へ格納し,自由に呼びだして実行できる。
  3. ハードウェアを付属させる,あるいは媒体に特定のもの を使用するといった必要がなく,純粋な情報としてソフトウェ アを流通させることができ,電気的伝送手段による低コストの 流通が可能である。
  4. 利用者は,ソフトウェアを無料または極めて低価格で試 用することができ,不満足であればそれを返却することができ る。
  5. 利用者を特定せず,不特定の利用者が計算機IDなどを報 告する必要がなく匿名で,料金を支払うのみで自由にソフトウェ アを利用できる方式から,権利者の指定した利用者だけに限っ て利用を許す方式まで,幅広い許諾供与方式を提供できる。
  6. 利用者に対して計算機アーキテクチャを秘密にする必要 がない。
  7. その保護流通システムへの新しい権利者の参入が自由で 容易である。
  8. ソフトウェア部品の市場が成立する。
  9. システムを社会へ最初に導入する際の抵抗が少ない。

    1987年に(社)日本電子工業振興協会の中に 「マイクロコンピュータソフトウェア基盤技術専門委員会 (通称,SSS委員会,後に超流通委員会)」が設けられた。 1988年2月には,この委員会からの報告として 「ソフトウェア流通の問題点と対策」が 刊行された [A-26]。その序文の中で,「超流通」という呼び名が用いられ, それが「超市場」と「超信頼性」をもたらすことが述べられた。 これ以前にも,委員会の議論等では「超流通」が用いられたが, 印刷されて残っているものとしては,この報告書が最初と思われる。

    2.2 超流通の進化

    1986年には,超流通のためのプロトタイプ I が開発された [A-19]。これは,PC-9801のシリアルポートに, SUM(Software Usage Monitor)を接続し使用記録を管理するものである。 シリアル接続のためオーバヘッドは大きいが,超流通の実現可能性を明確にした。

    1988年には, 3次元ICによる保護容器(図2)が発明された [B-7]。 これは,強い物理的防御, すなわち,暗号の鍵を知らない限りその保護容器を設計・製作した人々自身が 攻撃しても破れない程度の防御を持つ情報の容器である。 保護容器は超流通において重要な役割を果たすが, それ以外の広い分野に応用される可能性を持つ。

    1989年には, 超流通実用化を意識したプロトタイプ II が開発された [A-40]。 これは,SUMを実装するために既存計算機のコプロセッサ・インタフェースを 利用したものであり,以下のような特長を持つ。

    • オーバヘッドが小さくマルチタスクの計算機にも適応できる
    • 1チップ化により低価格化がすすむ

    同時に,システム全体の見直しも行なわれ, 既存のクレジットカード決済システムを応用することによって, 導入時のコストを最小限におさえるシステムが提案された。 それまでは,超流通の実現のためには,決済センタと呼ばれる, おおよそ銀行システムと同程度のものが必要であると考えられていたが, この提案によって,様々な規模と種類の超流通システムが 大きな初期投資を必要とせず実現される可能性があることが示された。

    また,超流通においては, 従来の有体物の取引では不可能であったような,様々な課金の形態が可能であり, その可能性が検討された[A-34]。 超流通で提供される主な課金システムとしては,

    • 試用課金,
    • 従量課金,
    • 自動買い取り,
    • 買い取り後の返金,
    • 特別許諾,
    • 無料だが使用状況の報告を義務づけるもの
    などが考えられている。

    1990年になって,コンピュータプログラム以外のディジタル情報の取り扱いについても 具体的な検討が始まり,ディジタル・オーディオのための超流通システムが 設計された[A-46]。 ここで,ディジタル情報を二つの種類に分けて考えるべきで あることが指摘されるようになった。すなわち, コンピュータプログラムを主とする実行型ディジタル情報と 音楽・映像およびデータベースを主とする参照型のディジタル情報である。 この分類を明確にした超流通システムの一例を3に示す。

    3. 超流通はなぜこれまで実現されなかったのか

    3.1 マイコン革命とソフトウェア


    図3 : 超流通システムの一例

    (吉岡の図[C-17]をもとに書き直したもの)

    1970年代初めにマイクロプロセッサが生まれ, その性能および売り上げは20年以上にわたって急激に成長し続けており, 今後もさらに続くことは疑う余地がない。 マイクロプロセッサの出現によって, コンピュータハードウェアの量産が初めて可能になった。 マイクロプロセッサは情報一般を扱う工業製品であるが, それ自体は有体物である。 このことによって,マイクロプロセッサ産業の劇的な成長には, 特別な流通システムと法的基盤を必要としなかったのである。

    ところがソフトウェアでは事情が違っていた。 オリジナルと同品質のコピーが高速かつ安価に作られるという, 本来すばらしいはずの性質が,混乱を引き起こす結果となった。 このために,マイクロプロセッサでは一種類当たり100万個単位の量産は ごく当たり前だが,ソフトウェアでは極めて例外的である。 また,ハードウェアでは当然かつ不可欠の基盤である部品産業は, ソフトウェアの領域では実用規模にはなっていない。

    3.2 ソフトウェア研究技術者が目指すもの

    それではなぜソフトウェアの量産は阻害されたのだろうか。 この問題は根が深くかつ多様なので,ここでは, 以下に述べるいくつかの切り口を提示することによって, 今後のソフトウェア産業の健全かつ活発な発展に資したいと思う。

    工業製品であるソフトウェアにとって, 汎用性の向上と単価の低減が社会への貢献として最も重要であることを, ソフトウェア研究技術者のかなりの人々が見逃しているように見える。 たとえば,スプレッドシートプログラムの重要性は, 実物がその実力で市場の評価を勝ち取るまで, そしてその後これほど経ってからも,学会等ではあまり研究討論されていない。 それよりはるかに難解で価値の少ない論文は山ほどあるように見える。

    マイクロプロセッサでは, 量産による価格低減が重要な目標であることがよく知られている。 しかし, 量産の効果がはるかに直接的なソフトウェア(2倍の個数が売れれば, 単価は半分にできる)において,需要個数を大きくするための研究は 充分に行なわれたとは言えない。 Object Oriented Programmingはまさにこの方向であるという意見がありうる。 これについてBrad Coxの見解を紹介しよう。 彼は,ACMのOOPSLA'86のプログラム委員でもあり, Object Oriented Programmingの仕掛け人の一人でもあるが, 次のように述べている。 「Object Oriented Programming はオブジェクトの再利用を可能にする。 ただし料金の精算はできない。超流通はオブジェクト流通の料金精算を可能にする。」 [C-12]

    一言で言えば,根本的で影響の大きい, 汎用性や価格に劇的な変化をもたらす可能性のあるような独創的な着想よりも, 精緻で難解だがあまり大きな改善をもたらさないような 研究の方が高く評価されやすい傾向が見られる。

    人々は,ソフトウェアの生産に関して, 飛躍的な発展や改善など身近にあるはずがないという精神的バリアを 持っているようである。 これを突破するために, 超流通がなぜ必然であるかを次節で述べよう。

    4. 歴史的必然としての超流通

    4.1 物々交換から貨幣経済へ

    有効に働く流通システムは社会にとって不可欠のものであるが, 初めから自然に存在しているわけではない。 隣人の財産が欲しいときそれを入手する方法は,流通システムがなければ, 盗むか殺すかしかない。 何万年か前,有体物についてそのような状況が存在した。 そして,1950年頃から,ディジタル情報の多くのものについて そのような状況が存在している。 これを解決するためには超流通が必要である。

    「有体物のための超流通」は物々交換経済によって始まった。 そして,有体物の場合には,それを抽象化することができないので, 物々交換経済は引き続いて貨幣経済へ移行する必要があった。 これらが有体物における超流通である。 この超流通は社会の不可欠な基盤として普及し, 洗練され,極めて多様な,しかし有効かつ必要な複雑性を産み出していった。 我々の社会では,このことはあまりに当然なので, ほとんどだれも気がつかないが, 社会の多くの部分が,有体物の流通のための特有な構造を持っている。

    4.2 産業製品としてのディジタル情報

    ここでディジタル情報が重要な産業製品として登場してきた。 それは有体物とは大きく異なる性質を持つ。 誰でも知っている目立った違いは,例えば

    1. 有体物(例えば土地,自動車,農作物,海産物,マイクロプロセッサ)では, それを相手に渡せば自分の持っているものはなくなる。 これに対して,ディジタル情報ではコピーを相手に渡すための経費は ほとんどゼロであり,自己の所有する財物はなくならない。
    2. 有体物を地球規模で量産すれば, 資源の枯渇および廃棄物処理の問題が生じる。 ディジタル情報ではこの問題は無視できるほど小さい。 問題となる部分は,ディジタル情報そのものでなく, 媒体である有体物に依存する部分である。
    3. 有体物の大部分はエネルギー資源を必要とし, 例えば自動車の例で見られるように, その効率の改善には原理的で厳しい限界が存在する。 これに対してディジタル情報では, プランクの定数に関わってゆくところまで, 原理的な改善の余地が大きく残されている。
    などである。

    有体物であるための特有の事象は,社会の隅々まで 広く我々の生活のあらゆる部分に及んでいる。 いくつかの例をあげよう。

    1. 缶入りのコーヒーと紅茶を買うとき, それぞれが別々の缶に入っているのは当然に見える。 ディジタル情報においてはそのような必要はなく, ひとつの「缶」に多数のものを入れるべきである。
    2. 電気,ガス,水道などは有体物なので, 別々な経路によって家庭に届く。 ディジタル情報ではこのような必要はないにも拘わらず, 異なる有料放送が異なる経路で届くことを当然であると感じる人の方が, それが無駄であって我慢できないと感じる人より多い。

      ディジタル情報では,「缶」はひとつにするのが自然である。 そしてこの「缶」のどこに何がどのように入っているかの情報, すなわちインデックスが規格化された形で存在することが不可欠である。 有体物ではインデックスのない個別の容器が便利であり, ディジタル情報ではインデックスのある少数の容器が便利なのである。

    3. 我々は自分のもつ貨幣を財布によって物理的に防御する。この防御は極く弱い。 しかし,我々が銀行の金庫を携帯しないで快適に暮らせる理由は, 目には見えないが財布の外側を法律が包んでいるからである。 と同時に財布もその中身も有体物であり, 盗まれれば盗まれたことが目に見えるということが根本にあるからである。 ディジタル情報には,盗まれたことが目に見えるというこの性質も, そして充分かつ適切という意味では法律による保護もまだない。
    4. 産業規模での売買では,例えば部品・材料が到着すれば受入れ試験をする。 時には改まった試験の必要もないこともある。 みかんを購入したときそれが鰯でないことは別に測定装置を 使わなくともわかるからである。 ディジタル情報ではこのような都合のよい性質は全くないにも拘わらず, ディジタル情報の売買に当たって, 適切な受入れ試験が行なわれないことはごく普通に見られる。
    このような事象を考えれば,1.2で述べた「超流通ラベル」が どれほど重要な役割を持っているかがわかる。

    4.3 ソフトウェア量産革命に向かって

    これまで述べたことから見ると, ディジタル情報は全く不便で困った性質を多く持っているように見える。 ソフトウェア危機が指摘されたりすることの遠因のひとつはここにある。

    しかし, そのような考えは最も深い根のところで間違っている。 そもそも,我々の社会は有体財物の流通に適するように何千年にも渡って 社会システム全体の改善を行ない, それによって社会の機構は精緻で複雑なものとなり, 有体物の流通については高い性能を持つ構造へと変わってきたのである。

    したがって,それをディジタル情報へそのまま適用すれば無数の 不都合が生じるのは当然のことである。 にも拘わらず, 人々は,既に存在するシステムを流用して何とか苦境から逃れようとする。 狸の泥船でも小川なら渡れるかもしれない。 しかし,人類の歴史の上で恐らく最初で最後の, 有体物からディジタル情報へという最大の変化を泥舟で乗り切ろうとすれば 沈没するのは当たり前である。

    ディジタル情報は,産業製品として,また財物として, 有体物の持っていない素晴らしい性質を限りなく持っている。 そして現在の我々の社会はその利点のほとんど全てを無視し捨ててしまっている。 その理由は簡単で,これまでの有体物にはそのような利点はなく, 人々はそれを享受したことがないから, それがどれほど素晴らしいか知らないのである。

    ディジタル情報の諸性質の中でも飛び離れて重要な性質は, 自己の持つ財産を他人に分け与えても財産が減らないという性質である。 人類の歴史の上で,ほとんどの流血の原因は財産の取り合いであった。 その意味で,ディジタル情報が産業製品の主要なものとなることは, 人類の社会が長い貧困と流血の時代から離陸するための 最も強力な推進力を得ることになる。

    しかし同時にディジタル情報に特有の他の性質,すなわち, 一度相手に渡した時,特段の措置がなければ, 単にそれを渡された人々が,それを創り今後もその品質を維持することに 努力する人々と全く同じ立場になってしまうという問題を同時に持っている。 この問題を解決することが, これからの社会にとって最も重要な課題なのである。

    この課題は, 電子技術によって解決可能であり, それによって人類の歴史の上での2回目の超流通, すなわち,「ディジタル情報のための超流通」が実現されるのである。